3.11から9年 被災地の現実と暮らす人を見つめた10年目を

3.11から9年
被災地の現実と暮らす人を見つめた10年目を

2020年3月10日

東京・生活者ネットワーク

 

復興五輪は誰のため?! いっぽうで復興庁縮小や追悼式中止発表

2011年3月11日の東日本大震災から9年が経ち10年目に入る。地震と津波、そして原発事故により失われた命や故郷を思いながら、1日1日を積み重ねてきた被災者が特別な思いで迎えるこの日を、今年は新型コロナウィルス対策による数々の式典やイベント自粛の中で迎えることになる。

政府は、主催する東日本大震災追悼式を今年の中止のみならず、来年を最後に打ち切ることを3月7日に表明。ほぼ同時に復興庁の規模縮小の方針も決めた。復興五輪の名のもとに開催される東京オリンピック・パラリンピック2020大会を目前にしての発表は、宮城県、岩手県、福島県を中心とする被災地の人々の痛みと現実を無視するものである。

 

誰のための復興策か?!

震災によって弱体化した被災地の復興は完了していない。

昨年秋の台風19号による豪雨被害では、地盤沈下した土地への浸水や「国土強靭化」のもと巨額の公費を投じて造られた防潮堤や河川堤防により雨水がせき止められ浸水被害が拡大した。また、原発事故の犠牲となった福島県では、原発事故の除染土を詰めたフレコンバッグが流され河川や海に流出するなど、大震災の爪痕が新たな災害によって再び人々を苦しめた。

政府はこの3月に帰還困難区域を部分的に指示解除したが、これは常磐線の全線再開をめざすもので、駅舎や線路、周辺道路はかろうじて年間20mmシーベルトを下回るものの、住宅地などは高線量のままで生活の場となる状態ではない。開通予定の常磐線にはオリンピック・パラリンピックの聖火リレースタート地点であるJビレッジがあり、コースには避難指示解除地域も含まれている。部分指示解除がイベントの成功、復興五輪のつじつま合わせであれば、断じて許されないことだ。

 

原発回帰を阻止している市民の力を結集して脱原発へ

3.11以後、ドイツ、スイス、韓国、台湾が事故を教訓に脱原発を表明する中、事故から9年が経つ今、日本が原発ありきの電源構成を掲げているのは批判すべきことであるが、いっぽうで2011年以来、原発立地地域にリスクを負わせていたことを反省し、自ら行動する市民が増え続けたことを特筆したい。太陽光を中心とした再生可能エネルギーの普及も進みつつあり、原発回帰を目論む安倍政権に抵抗する市民の声により、規制基準をクリアした原発16基のうち再稼働は9基にとどめている。

太陽光の出力合計は、2011年事故前の全原発54基分を上回っており(2019年9月末)、発電によるCO₂排出量も2011年事故前より1割減となっている。原発がなくても温暖化対策と共に再生可能エネルギーへのシフトは可能であることが数値のうえでも証明されているのだ。

さようなら原発全国集会など、2011年以来全国各地で毎年開催されている脱原発集会やデモ、パレードも、今年はコロナ対策でやむなく中止や延期を余儀なくされている。だが、原発のない社会の実現をめざす人々の気持ちは変わらない。

住んでいる人目線での生活再建とインフラ整備、防災対策、再エネへの転換による「誰も犠牲にしないエネルギー政策」の実現こそが、3.11を記憶する真の復興である。

東京電力福島原発事故から丸9年。経産省前テントひろばとたんぽぽ舎の呼びかけによる「第78回東電本店合同抗議」には約200人が参集した。3月7日

 

子どもたちの9年間と未来に大人は責任を

そして、この9年間の子どもたちや若者の思いにも寄り添いたい。恐怖や不安、突然の別れの悲しみのなかで過ごした災害時・避難生活、就学や就職など折々の困難に対して、社会はどれだけの支援をできているだろうか。子ども被災者支援法を活かしきれたかの検証と共に、市民の手によるさまざまな取り組みの火が消えることのないよう被災地に向き合っていかなければならない。

東日本大震災子ども支援ネットワークをはじめとする多くの子ども支援関係の集会も中止となり、突然の一斉休校で子どもたちが友人たちと過ごす場・学びの場から引き離れている今、あらためて3.11にあたり子どもの権利擁護、子どもの最善の利益の保障は大人の責任であることを心したい。

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