石原知事、突然の辞任は無責任だ!

4期13年の石原都政とは、一体なんだったのか

石原慎太郎東京都知事が、10月25日午後、任期途中での辞任を発表しました。記者会見では、新党を立ち上げ最後の奉仕として国政に戻ることばかりを述べ、新党の政策として中央集権体制を変えることや憲法改正などを挙げています。都民に対しては、もっと役立つ仕事をするのだから、理解しろと言わんばかり。都政を投げ出したとしか、受け取られない状況にもかかわらず、きちんとした説明や都民への謝罪の言葉がないことは無責任であり、とうてい許されることではありません。

そもそも4期目の立候補は、後継の名前を挙げたにも関わらず、周りからの要請もあってなどとし急遽出馬を表明し、混乱を招きました。3.11東日本大震災、福島第一原発事故という未曽有の大災害が勃発したことがあり、多くの都民が震災における知事の活動や経験に期待し、知事は都民の不安を大いに利用し、261万票で4選を果たしました。

今年、5月石原知事は、ワシントンに出かけ、突然、尖閣諸島取得構想を発表。それ以来、これまで長い時をかけて培ってきた日中の文化交流も経済関係もあっという間に途絶し、東アジア地域の紛争の火種をつくった責任は重大です。

一方、32万筆以上の署名を集めた「原発の是非を問う都民投票条例直接請求」にはエネルギー政策は国の問題だと反対の意見を添えて、都議会に上程。6月20日の本会議で否決になり、都民の声を聞くことはありませんでした。

最近の記者会見では、都政に何の関心もないことをはっきりと公言してはばからないばかりか、20年夏季五輪の1次選考を通ったものの、競争相手のマドリード、イスタンブールに比べ都民の五輪支持が47%と低いことに対して、「一体、日本人は何を望んで、何を実現したら胸がときめくのか。ちまちました自分の我欲の充実で、非常にやせた民族になった」「ぜいたくで、何があっても当たり前。うぬぼれてるし、自分のことしか考えなくなり、他の日本人と違う人種になりましたな。実現したら都民は来なくていい」と発言。石原知事にとって、都民とは一体どのような存在だったのでしょうか?

さらに、知事がこれまで手掛けたことで、新銀行東京の後始末やオリンピック招致、汚染された豊洲への市場移転問題など、中途半端なままで放り投げた問題が数々あります。もとより、石原都知事の姿勢は国政しか見ておらず、国を動かすために、都政を私物化し、結局は最後まで責任を取らずに放り出したと言わざるをいえません。

『東京から日本を変える』をスローガンに当選し、今日にいたる13年間の石原都政とは、いったいどのようなものだったのか、検証しなければなりません。
以上

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次