東日本大震災子ども支援ネットワーク第5回シンポジウムー子どもたちと一緒に考える被災地の復興支援―開催される

2016年2月1日 18時39分 | カテゴリー: トピックス, まちづくり, 国際・平和, 子ども・教育, 活動報告

復興・再生のまちづくりに必要な「子ども参加・意見表明」 

東日本大震災からまもなく5年となる1月10日。第5回目となるシンポジウム「子どもたちと一緒に考える被災地の復興支援」が、東日本大震災子ども支援ネットワーク(事務局長:森田明美東洋大学教授)の主催で(後援:東洋大学社会学部、東洋大学福祉社会開発研究センター、人間科学総合研究所)、東洋大学白山キャンパスを会場に開催された。シンポジウムを主催した東日本大震災子ども支援ネットワークは、被災地の子どもの声を復興・再生に反映させることを目的に、震災直後の5月5日(こどもの日)に発足した。以来、子どもの権利条約をもとにして、政府・国会議員などへの政策提言と、NPOなどへのプロジェクト実施にあたってのアドバイスなどを継続(意見交換会)。毎年シンポジウムを開催し、2013年からは現地の子どもたちを東京に招いて、発言を聴き取り共有する場としてきた。東洋大学教授の森田明美さんが事務局長を務め、子どもの権利や貧困、ひとり親家庭支援などに取り組む全国各種の団体が参加し構成される。弁護士や児童福祉・教育・心理などの専門家はアドバイザーとして協力し、生活者ネットも呼びかけ団体として参加する子どもの権利条例東京市民フォーラムも賛同団体となっている。

 

子どもたちと一緒に考える被災地の復興支援シンポジウムで発表する、岩手県山田町の中高生たち。2016年1月10日、東洋大学白山キャンパスで

子どもたちと一緒に考える被災地の復興支援シンポジウムで発表する、岩手県山田町の中高生たち。2016年1月10日、東洋大学白山キャンパスで

未曾有の大震災から4年8カ月、復興政策は転換期にあるとされ、震災の風化が懸念されるが、被災地での災害復興公営住宅の建設は依然3割に過ぎず7割の被災者は今なお仮設住宅に暮らす。原発事故に見舞われた福島では、依然11万人もの人々が県内外での避難生活を余儀なくされている。それでも子どもたちは着実に成長し、小中高生、大学生となって、今年も私たちの前に元気な姿を見せてくれた。この日の「第5回シンポジウム 子どもたちと一緒に考える被災地の復興支援」で、復興まちづくりへの重要な発言者として登壇した。

当事者として子どもが語る 大人たちが復興支援の今を実感する

まず被災3県を中心に集まった子どもたち(福島県いわき市、郡山市、岩手県山田町、大槌町、宮城県登米市、仙台市、南三陸町、石巻市、東京などへの避難者、東洋大学社会学部学生、被災地出身の大学生など)が、それぞれの地域で行っている活動、例えば、支援を受けた経験から今度は自分たちで支援を広げる側に立とうという動きや、震災の実態をもっときちんと伝えようという動きなどを報告。

◆町の8割が津波で流された南三陸町では、高台が築かれ景色が一変した。復興という名目ですっかり造り変えられたふるさとを前にした大学生グループは、昨年夏に被災地スタディツアーを実施し、この地から震災を語り継ぐことを決めた。◆いわき市には、原発事故の影響で事故周辺地域から2万人以上の避難者が転入、高校の生徒数も劇的膨れあがった。こうした影響下にある新設高校では、新しいカリキュラムとして劇作家の平田オリザさんらによる授業が注目されている。参加した男子生徒が初めての演劇体験、表現活動をみずみずしく語り、表現手段を得て大きく事故を語る様に触れることができた。◆また、被災地子ども支援の一環で招聘され。海外での活動を経験した子どもたちを中心に、高校生の留学を高校生自らが支援する仙台の活動や、郡山の「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」によるお楽しみ企画や、東日本大震災子ども支援ネットワークが毎年支援し続けている保養プロジェクトが子どもたちの一年一年を支え、夢を育んだこと。

こうした被災地の子ども支援の口火を切ることにもなった、今日の主催者でもある東日本大震災子ども支援ネットワークが岩手県山田町に開設した機能が、「山田町ゾンタハウス・おらーほ」だ。津波と続く大火災でほぼ全壊した山田町の、誰でも通える子どもたちの居場所は、多くの市民社会の支えを受けて軽食を提供しながら、子どもたちの学習支援を行ってきた。支援団体の一つ国際ゾンタクラブの名前を冠した「ゾンタハウス」を、「おらーほ(おれたちの家)」と名づけたのもここに通う中高生たちだ。いずれも、子どもをゆっくり見守り、震災後の経過の中で必要な支援を考え支える大人社会の役割、その責任と重要さを実感させられる報告た。

子ども発!被災地支援:本当に必要で有効なものは何か?

グループに分かれての話し合い。地域や年齢、被災状況も異なる子ども同士が「この5年間の大切な出会いやできごと」を述べ合った。2016年1月10日、東洋大学白山キャンパスで

グループに分かれての話し合い。地域や年齢、被災状況も異なる子ども同士が「この5年間の大切な出会いやできごと」を述べ合った

その後はグループに分かれての話し合いだ。第5回目となる今年の全体テーマは「被災地支援:本当に必要で有効なものは何か」。自らの経験をもとに、「本当に役に立ったと思うこと、支援は何か」「見直した方がよいと思うことは何か」を洗い出し、今後起きるかもしれない大きな災害への備えとして、国や地方自治体、市民社会への提言にまとめようというもの。

グループ・ディスカッションでは、地域や年齢、被災状況も異なる子ども同士が「この5年間の大切な出会いやできごと」を述べ合う。家を失った子どもは数知れない。保護者や友人、親族を失った子どももまた数知れない、人智を越える大災害により数々の困難な経験をし、こころに大きな傷を抱えている子どもたちが、よい大人に出会い支えられ、ようやく自分と向き合い自らエンパワメントしてきた様が、テーブルごと一人ひとりの発言から見えてくる。彼・彼女らが被災当事者であるからこそ、国内外の他の災害被災地にも思いを寄せ、支援する側に変化した事例がそこここで語られたばかりか、次の災害に備えて大人社会へ、国へ、行政へ提言できるまでに成長した。子どもを被災当事者として受け止め、その提言をどう実現させるのか。大人社会の側にいる私たち市民の力量が大いに問われることはもちろん、この日の子どもたちとの交流から、被災地の復興・再生も、子どもにやさしいまちづくりも、「ポイントは子ども参加」だということを改めて確認することとなった。

シンポジウムに集った子どもたちと支援する大学生、NPOや市民団体などのメンバー

シンポジウムに集った子どもたちと支援する大学生、NPOや市民団体などのメンバー

開会を発声し、閉会とまとめの挨拶にたった森田明美さんは、――被災地で保育所に通う子どもたちのほとんどは、震災後生まれになった。小学生が高校生になり、中学生が高校を卒業するなど子どもたちの暮らしの場や周囲の環境は大きく変化している。子どもたちの故郷である被災地はかさ上げによって以前の姿を消し、被災地での子ども支援の形も変化が求められている。私たちは、子どもの声を大切にし、被災地地域の復興に子どもの声を反映させるためのあり方を考え進めてきた。2012年1月に実施した第1回シンポジウムは大人たちだけで考え、2013年1月に実施した第2回目からは、被災後いろいろな形で寄り添ってきた子どもたち(小・中・高校生)が集い、大学生と一緒に支援のあり方について語りあった。3回目には福島の子どもたちが加わり、4回目には高校3年生が独自に復興の牽引者として復興への意見交換をする姿を見せている。被災地の子どもたちは、積極的に出会いと語りの場を求め、自分たちの感覚を言語に変えることで共有し、具体化する方法を探ってきた。毎年、仲間や先輩たちが参加し、安心できる会になった場で、伝えたい東京の同世代や大学生、大人たちに対して語ることは楽しいと、何度も成長した姿を見せてくれる頼もしい子どもたちに育っている。第5回にあたる今年の会で、多いに発言し、提言した子どもたちの意見を受け止め、新たな段階に入っている被災地支援について、国へ自治体へ市民社会へと反映させていきたいと思う。――

東日本大震災子ども支援ネットワークによる、国会院内で継続開催する「第14回目となる、3月10日の意見交換会」では、この日の子どもたちの提言を中心に開催されることになる。